2009年7月5日日曜日

Ukraine 旅行 / 7日目

iPodタッチはインターネットができます。ラーメンズを見るために持っていったツールが、思わぬ活躍を見せたのがウクライナ七日目。mixiにログインするととある方からメッセがきていました。その方も同時期にウクライナのリヴィウにいるそうです。日本語がしゃべれる!なんだかテンションが上がりました。

その方とモニュメントで待ち合わせ、少し早い時間だったのでカフェでお茶しました。風の強い日でした。日差しも強い日でした。カフェオレの美味しい店でした。熱いカフェオレなのにストローがついてました。2時間弱話し込みました。世界中を旅している日本人の話を聞きました。バンドの追っかけで世界中まわる人の話も。ユースホステルの話。オーストリアが色んな意味で素晴らしい話。気がつくとお昼ご飯の時間でした。

ランチしますか。って事で、街路樹立ち並び、おじいさまがチェスをする通りに面したレストランでランチ。二人で食べると多種類注文できます。ボルシチに、キエフ風カツレツ、じゃがいも、豚の串焼き。飲み物はクヴァス。お腹いっぱい。プハ。ウクライナ料理は何度食べても美味しいです。田舎風でシンプルな味付けだから、クセが無くていい。

さて、二人で話していると窓の外が暗くなりました。なんだ巨神兵か!?と思ったらただの夕立でした。ちょっと雨音で声が聞こえなくなるくらいの豪雨で、ミルククラウンが道路に無数あるくらい。ちょっと旅行者が凹むくらいでした。聞くと最近夕立が多いとのこと。ちょっと気をつけよう。mixiで出会ったその方とわかれ、街散策を再開します。

薬学博物館。古い薬道具の展示が独特で、臭い、湿った空気が印象に残る。廃墟好きとか、薬好きにはオススメの博物館でした。地下展示室、まあ地下の穴蔵ですが、ここにはなぜかクマバチがいたのでご注意を。

高い城壁。街が一望できるその場所が次の目的地。歩きました。石畳をずっと北に向かって。人通りが少なくなりました。右に曲がりました。人がいなくなりました。石畳がめくれ上がったままでした。土がむき出しでした。両側の石造りのアパートは三階建てでした。窓が開け放たれていました。老婆が三階の窓から見下ろしていました。子供が一人、リフティングの練習をしていました。買い物袋を下げた男が、道の真ん中でハーフパンツの左側の裾を捲し上げて立ちションベンをしていました危険信号が私の中で灯されました。回れ右をしました。少し早歩きをしました。

嫌な予感がしたので、急いでホテルに帰りました。漠然とした予感です。空の雲が厚いかもしれないとか、人の黒い雰囲気を感じ取るようになったとか、何か具体的なきっかけがあったわけではないのですが、ただただ漠然と、嫌な予感がしたんです。貧困とかそういうことなのかもしれません。日本では感じることのできない雰囲気。動物的感覚。この日は、そういう出来事をいくつか経験できる、そういう意味でよい1日になりました。


さて、大雨にやられました。空港の持ち物検査でひっかかるためか海外に傘を持っていった事がありません。幸いスペインなどは晴れの日が多く、旅行で雨に降られた経験は数えるほど。ましてや豪雨なんて未経験でした。

それは酷い雨でした。雷。稲光が雲と雲の間を渡るのが見えます。音がカミソリのように鋭い。雨音がバスドラが二つあるドラムみたいに激しい。スリップノットを思い出します。

ホテルの軒先でぼんやりと、傘を持っていてもこの雨じゃ意味無し、と考えながら雨宿りしました。

人通りは、それでもちらほら。傘を差さずに歩く女性。真っ赤なブラウスを体に吸い付けてヒールをならして歩く。パーカーをすっぽりかぶり、U.N.K.L.EのPVみたいに歩く男性。車は普段通りに走ります。水しぶき叩き上げて走るマルシュルートカ。パトカー。バス。タクシー。乗用車が少ないなあ。

そんな豪雨でも滅入ることなく雨がやむのを待てたのはこれが夕立だったからと、そして、私の左で雨宿りをしていたカップルが抱き合い体を温め合っていたからでしょうか。微笑ましい。可愛い二人。

雨が止んだので、駅に向かいました。バス停でアルバニア出身の若者と会話。別れ際ガッシリ握手。今思えばマイケル・ジャクソンに似ていました。さて駅の待ち合いスペースで時間つぶします。木製ベンチに座り寺山修司を読む。

コツコツ・・硬いブーツの音が右後ろから聞こえます。歩き方は軍隊調。でも引きずりぎみ。私の右斜め前で足音が立ち止まる。服は青い迷彩服。軍隊の巡回。ウクライナは警官や軍隊の巡回が当たり前です。

コツコツ・・・私に向かって歩く二人。『パスポート』と言って手を差し伸べる。やっとのことで寺山修司から顔を上げると、小顔で端正な白人兵隊が左、180cmのごつい口ひげ兵隊が右に立っていました。鳥山明の漫画に出てきそうな二人です。ブルー将軍と、ミスターサタン。

ブルー将軍は英語が話せるらしく、先ほどの『パスポート』は彼の声でした。パスポートを見ながらサタンと何か話している。イミグレーションカードを求められたので提示。確認しながらサタンと話す。そして私に言いました。含み笑い。

『イミグレーションカードには
 キエフの宿泊先しか書いていないようだが
 リヴォフの宿泊先を書かないとペナルティだ
 100US$払わないといけないね
 私たちについてきなさい』

おっと。まじで。何それ。聞いてない。真偽のほどはわからない。どうする。どうする!「ペナルティってなんですかー(笑)冗談でしょ」なんて努めて明るく、少し大きな声で話していました、私。素直に『ペナルティ』という話を信じてしまうほど、動転。やっちゃったなあと思っていました。駅構内を出て駐車場に近づくとブルー将軍が私を向いて言いました。

『でも、私たちの気持ち次第では
 このことを黙っていることができるんだよ』

・・・あ。これ、噂の公職の腐敗ってやつか。賄賂か。なんてこった。

「いくら払えばいいですか」と聞いたのは対処方法としては間違っていたと思います。とにかくどうにかしたかった、解放されたかった。ブルー将軍に言いました。「50грнですか?」私はその時金銭感覚が狂うほど動転していました。1грн=20円なので、日本円にして1000円。100US$と一桁違います。計算を間違えたのです、私。本来なら「500грнですか」と言うべきでした。

ところがブルー将軍。『そうだ。50грнを渡せば許してやる』と納得。私の発音が悪かったのかな。「1000円ならいいや」と思って支払った私は対処方法として間違っていたと思います。裸銭で50грн札を手にとった私から

『お金を見せるな!
 隠せ!早く渡せ!』

と慌ててパスポートを返したブルー将軍とミスターサタンは、今思えばお茶目でした。


日記を読んでいる皆様。ウクライナには不良警官、不良軍隊がいます。その割合は定かではありません。全てが悪い人ではありません。警官にはいい人もいました。シンフェローポリで親身に相談にのってくれた警官もいました。でも、事実、悪い人もいます。十分注意して旅行してください。本来はパスポートは警官や軍隊に手渡さない。自分の手元から見せること。とにかく大使館に電話する!と大声で言うこと。相手のIDと名前を聞くことが大切。(彼らは提示する義務があります。)被害にあったらそのIDと名前を外務省に伝えること。抗議してくれるそうです。お金が返還されるかどうかはわかりませんが、正しい対処をしてください。

今回の私の対処は間違った、弱い対応です。反省していますが、私にとっては笑い話です。だって1000円(実際は900円くらい)で済んだのですから。


はてさて、豚の小屋の臭いがする開放寝台にのってキエフへ。
次は最終日。八日目『チェルノブイリ』です。

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八日目の日記が見当たりませんでした。なのでこれでウクライナ旅行の日記は終わりです。

2009年7月3日金曜日

Ukraine 旅行 / 5〜6日目

うっかりしていました。日本の1.6倍あるウクライナはヨーロッパでもロシアに次ぐ2番目の広さ。地図を見ずに列車を予約した私は、24時間列車の旅に出る事になってしまいました。五日目の14時発車。翌日の14時到着。4人1部屋のクシェット。冷房無し。蒸し風呂。汗だく。息苦しい。最悪。

昨日の楽しいのも打ち消すほどのうんざり旅行になりそうでした。アレクセイが登場するまでは。

一緒のコンパートメントにいたのがウクライナ人の夫婦でした。この旦那は煙草を吸う人で、喫煙スペースに時折出ていました。たばコミュニケーションとはよく言ったもので、喫煙中は妙な連帯感があるらしく、特にビジネスシーンでは重要な決断や密談が行われるそう。旅も同じで、妙に人と仲良くことがあるらしいですね。

そんな流れで、旦那が見慣れない人を部屋に連れてきました。坊主で鼻が高く口ひげのあるその男性は『アレクセイ』といい、防犯カメラなどの制御システムPGをしていて、ウクライナ人と結婚。嫁以外にも何人かの愛人がいて、人生を楽しんでいるそうな。何故こんなに知っているか。

酒の席では口が軽くなります。そう、アレクセイはお酒を飲んで部屋に来ました。ウォッカ片手によれよれと。そして私を見るなり話しかけてきました。もちろんウクライナ語で。私があたふたしていると、夫婦の嫁が英語で説明。ここでも通訳発見です。これ幸いと思ったのは、私じゃなくてアレクセイ。コミュニケーションができるとわかった途端にウォッカを飲ませようとあの手この手です。『ジャパニーズ サケ!ウクライニアン サケ!』と楽しそうにコップを渡してくる。

あ、これはもしかして泥酔させて泥棒を働こうとしているのでは?みんなグルか?窃盗団か?とドキドキしていながらも、結局酒を飲むことになってしまったのです。

アレクセイは言います。ウォッカをショットで一気飲み。一口チェイサーを飲み、果物を口に含んでから、『プアー』と叫ぶ。これがウクライナ流の飲み方だと。

後半記憶が無いのですが、おそらく4杯以上ショットで乾杯しました。酔わない様に気を確かにし、でも陽気に酒を飲みました。酔っぱらったら負けだ。何か盗られるかもしれない。気を許しちゃいけない。でも楽しい。陽気だ。言葉わかんないけど面白い。爆笑ポイントがなんだかわかる。また飲んでみよう。『日本に乾杯!』なんて言われたら気持ちよく飲む以外に道はない。あれ、一人増えたけど気にしない。この人も酒好きだって。こりゃあいい。飲めや飲め。途中アレクセイに連れられて外に出てアイスをおごってもらって気持ちがいい。アレクセイは車掌(♀)をナンパしてるなあ。足がフラフラだなあ。気持ちいいなあ。酔っちゃ駄目だ。気を確かに。

と、その日はいつのまにか終了していました。五日目の記憶は酒のみ!次は六日目。この半分以上が列車の旅なので続けて書いてしまいましょう。また酒の旅でした。

昨日飲んだウォッカは48%。奥さん(アンニャ)曰く、子供のお遊戯程度。六日目に飲んだ、というか飲まされた酒は62%でした。朝からビールとショット二杯を飲んだ私たちは、気持ちよく14時迄を過ごしていました。24時間の長時間列車旅行も、その長さを感じなかった。

アレクセイと連絡先を交換し、駅のホームでアレクセイとハグ、夫婦と握手、もう一人の乗客と『ジャパーン ウクライナ ブラザー!』と言いながらハグし別れました。ほんとに名残惜しい。


リヴィウ到着です。ウクライナ旅行最後の都市。ウクライナ色の最も強い歴史的な街。さあ意気揚々と旅行スタートぅぅ。

のはずが、昼間っから62%の酒を二杯もショットで飲んだためかベロベロです。足がフラフラです。翌日の切符を買うために並んでいても地面が波打ちます。世界がまわります。ウクライナが地球の中心です。北極です。グルグルグルグル。生まれて初めてです。ベロベロで切符を買ったのは。

難なく切符を購入した後はホテル探し。六日目ともなればキリル文字にも慣れ、目当てのホテルをすぐ見つけられました。疲れていたのと、物価が安いこともあってお金が余っていた私は、少し高めのホテルを選びました。フロントは英語の喋れる人で、安心です。笑顔も綺麗。スムーズに部屋をゲット。ドアを開け、荷物をベッドに放り投げ、私も一緒に飛び込みました。水が欲しい。水が欲しい。シャワー。シャワー。とにかく酒を抜こうと必死です。

1〜2時間くらい経ったでしょうか。なんとか元気を取り戻しました。陽も傾いていたのですが、のんびり街を歩きます。このリヴィウですが、街が世界遺産。ヨーロッパ的なたたずまいは、旅慣れた場所に似ていて少し安心します。ブラブラしていると気持ちがいい。

教会をいくつか巡って六日目終了。いやあ、昼間っから酔っぱらったら駄目ですね。でも、アレクセイ達との酒盛りはほんとうに気持ちがよかった!言葉なんて酒の前では関係ない!we are the world!って心底思った一日でした。

さて明日は七日目。
mixiのパワーを実感した一日が始まります。

2009年7月2日木曜日

Ukraine 旅行 / 4日目

クリミア戦争は世界史の教科書で見た事がある。そういう人、多いですよね。私もその一人。1854年から始まったこの戦争の舞台となったのがこのクリミア半島。ここには15世紀中頃にチンギス・ハーン裔の王族、ハージー1世ギレイによって建国されたクリミア・ハン国がありました。ロシアとオスマン・トルコに挟まれたこの国の首都が私がツアーで行ったバフチサラーイ。イスラム色の強いこの地方は、同じウクライナとは思えない異国情緒あふれた観光地でした。

ツアーのバスで向かうこと2時間半という長旅。冷房の無い車内ですが、窓を開けると涼しい風。目的地まで暑いと感じることは一度もありませんでした。

さて、この2時間半ガイドの女性が一度も休む事無く喋り続けていたことをお伝えしなくてはいけません。150分です。途中休憩は乗客の休憩時のみ。全てロシア語で話していたので内容は全くわかりませんが、おそらく歴史の説明をしていたのでしょう。チンギスハンとかそういう単語は聞き取れました。しかし、何度も言いますが、150分。東京→大阪間をひたすら説明しているわけですよ。明石家さんまでもできるかどうか。。。島田紳介なら、、いや、難しいかもしれません。そんな芸当をいとも簡単に成し遂げる。プロ根性をかいま見ました。さすが何世紀もリゾート地として名を馳せたヤルタ。プライドを感じました。

何言ってるか、さっぱりでしたが。

さて、バフチサラーイに到着。おそらくお昼ご飯の為、エキゾチックなレストランへ。さてその道すがら、女性二人が声をかけてくれました。ツアー客です。ロシア語でした。わからない。と説明すると、そのうち一人が英語で話しかけてくれました。よかった、通訳してくれる人がいた!この人はターニャと言い、ウラジオストック在住のロシア人。ターニャのおかげで、この後のツアーはガイドの説明も楽しめたのです。ほんとに感謝。

昼ご飯のメニューだけを決めてお金を払い、(後ほど食べる時間があるとのこと)崖に建てられたウスペンスキー修道院に向かいます。

ところが修道院を通り過ぎ、ガイドはまだまだ山道を歩きます。隣りにいた男性が私に英語で説明してくれました。「この後、1時間山をのぼるそうですよ。さらに頂上で1時間過ごして、1時間かけて下山するんですって。」目的地はまだ他にあるそうです。

げ。

ツアー客のほとんどが、びっくりしています。サンダルの人もヒールの人もいる。山のぼるつもりの人なんてほとんどいない(汗)だからなのか、ガイドさんは10分ごとに立ち止まりその場の説明。これが効果的な休憩となりました。ちなみにこのガイドさんはバスの女性とは別で、男性。なんとかスキーとかいう名前で、表情の硬い人。感情を顔にださずに淡々と話すその姿はまるでハートマン軍曹。恐い。しかしながら、頂上まで喋り続けるその姿は、先ほども言いましたがプライドを感じます。

ターニャの説明のおかげで、わかりました。山の上には、10世紀以前の民族の集落があること。平坦なウクライナの中では特殊なこの山は、長い距離に渡って頂上が平べったいこと。高山病になるかもしれないから、オイルを腕に塗ってそれを嗅ぎながら進む事。本当にターニャありがとう。

土産物を売るテントが軒を連ねる険しい道を歩き、頂上へ向かう1時間。ハートマン軍曹の解説のおかげで時間も感じない疲れない道でした。眺め最高の頂上でもまた説明が続きます。ここまでくると、軍曹も疲れたのか慣れたのか、笑顔も見せていました。それがまた可愛い。いい人だと思う。

そういえばアンナとターニャはよく姿を消しました。気がつくと説明も聞かずに写真を撮っていたり、岩場で休憩していたり、先に進んでいたり。36歳とは思えない奔放さで旅行を楽しんでいます。下山した後のお昼ご飯でもビールを飲み飲み。『ビール最高!』とハーン宮殿観光時にはすでに出来上がっていました。

疲れた体にお酒を流し込むと、大抵、悪酔いします。ターニャも悪酔いしてしまいました。日差しが強く滝汗流れるこのツアーでは、ビールはあまりよくなかったなあ。ハーン宮殿にもガイドが付き、説明を丁寧にしてくれました。もちろんターニャの翻訳を期待していたのですが。後半、へたり込むことが多くなりました。「どうしたん?」と聞くと、手を振りながら疲れた、って言う。一通り宮殿内ツアーが終わると、ターニャは公園から出て日陰に座り込みます。「どうしたん?楽しかったねー何か飲むもの要るかい?」と話しかけると、「なんかね、泳いでる感じなのよ。ビールの海に気持ちよく。アンナが向こうにいるよ」とかフワフワした様子。これはヤバいなあ。

急いで売店で冷たい水を買いました。戻ってターニャにあげると嬉しそうな顔。ゴクゴク飲んでいる姿が愛らしい。戻ってきたアンナが意地悪そうに「私の分は?」と言っているのが、なんだか当たり前のやりとりやけどそれが嬉しかった。

気分回復したターニャとアンナとバスに戻り、バフチサラーイを後にしました。さすがに帰りのバスはガイドさん無言。さらに地元で途中下車(!)。なかなか奔放なプロガイドで、気持ちがいい。さらにターニャとアンナも途中下車。バイバイの挨拶も満足に出来ませんでしたが、最後にターニャが一言ロシア語で言いました。たぶん、隣りにいた英語を話せる男性に翻訳を頼み降りていきました。笑顔で、手を振って。夕方で傾いた陽で影になっていたけど目は透明で輝いていて、綺麗な笑顔。印象的。異国の女性はどうしてあんなに輝くんやろう。。

フワフワとした気持ちでツアーを終えました。ホテルに帰ってもターニャの言葉が忘れられない。

『怖がらないで ロシアにおいで』

ほんとに楽しい一日でした。さすが一人旅。自由なのっていいなあ。

さて次はウクライナ五日目です。
旅も後半。『日本に乾杯の巻』で。

2009年7月1日水曜日

Ukraine 旅行 / 3日目

何事もなく駅に到着。

シンフェローポリはリゾートの玄関口。ということで、列車を降りた瞬間から、タクシーとホステルの呼び込み合戦です。無視して、翌々日の電車切符を買いにカッサ(窓口)へ。

これがまた英語が通じない。買いたい切符の日付を指差した瞬間、受付のおばちゃまは『ニエット』とロシア語の『NO』を言います。たぶん、翌日以降の切符は別の場所で買うという意味か。左を指差し、何やら言いますがわからない。すごい親身におばちゃまは言うので、わかったフリをして笑顔で『スパシーバ!』。

英語の喋れる人を捜すも見つからず、わらにもすがる思いで警官に声をかけました。が、彼らも英語わかんない。僕はもう後に引けない。必死に食らいつく。なんとか意思疎通ができたみたいで、警官は『ついてこい』みたいな雰囲気で歩く。翌日以降の切符を売ってくれるサービスセンターへ連れて行ってくれました。満面の笑顔で『スパシーバ!デャクユ!』センターの女性は英語ができたので難なくチケットは購入できました。よかった。

さて次はヤルタに向かうバスを探さねば。mixiのコミュニティの皆様からの助言をもとにマクドを探す。すぐ見つかる。向かう。白い上下を着たタクシーの呼び込みをかき分けて切符売り場に到着です。売り場に座るブロンドの美しい女性が印象的でした。彼女からヤルタへの切符を買い、バスへ。指定席になっていたので、自分の席を探す。するとこれまた可愛い女性の隣りが
自分の座るべき席でした。やった。渾身の笑顔を躱されたので、ヤルタまでの2時間は無言。とはいえ気持ちのいい海岸沿いでした。

ヤルタへ到着。しかし、ここがどこかわからない。地球の歩き方に載ってる地図のどこかのはずなんだが。。路頭に迷いかけたその時、救世主があらわれました。

赤と黄色の目立つロゴ。そうマクドナルドです。地図にも『マクドナルド』と記述があったはず。彼を頼りにホテルを探し、安いホテルをゲット。5階の部屋までエスカレーターもエレベーターも無いのが残念でしたが、広く快適な部屋でした。エアコンもある。

ヤルタの主な交通機関はマルシュルートカという乗り合いバス。席がだいたい埋まった所で出発します。よくわからない所で停まり、よくわからない所で客を乗せ、よくわからない所まで向かう。バスの側面に向かう先がウクライナ語で書かれているので、他の観光客には使い勝手がよいそうです。私は別。毎回、運転手や他の客に降りたい場所を伝えて乗車。教えてもらいながらの、あっぷあっぷ観光です。

ツバメの巣はヤルタが紹介される時には必ず使われる場所。切り立った崖に館が建てられており眺めも最高。現在その館は高級レストランになっています。さて、このツバメの巣。一見すると残念な印象を与えます。館は小さい。館を見上げる写真が多いのに、マルシュルートカの停留所からは館を見下ろす。さらに周囲には、もっと切り立った崖がたくさんある。うーん。でも諦めずに館へ向かってください。その崖からの眺めは最高ですから!

ペットボトル片手に水分補給を欠かさない私。歩いてマルシュルートカ停留所に戻り、次なる目的地ヤルタ会談の行われた『リヴァーディア宮殿』へ向かいます。

降ろされた場所は何も無い道路でした。ドギマギし前を歩く家族に宮殿の場所を聞くと、目の前にある坂を右に下って行けばあるとのこと。笑顔で『スパシーバ!』を言い、歩きます。ところが、宮殿らしいモノが見当たりません。・・・10分歩いたでしょうか。左に鉄格子が見えました。入り口には軍隊の若者が番をしています。まさか、ここ?おそるおそる彼に声をかけると

『ダー』

なるほどここが宮殿か。有名な場所のはずなのに、人がいません。閑散としています。土産物テントはいくつかあるのですが人が少ない。おかしい。嫌な予感しつつ入場券売り場の女性に声をかけると本日休館日。ガガーン。。。翌日は遠出をする予定なのでもう来れない。ショックを隠せない僕に、女性はただ微笑むばかり。白い大きな宮殿を前に、外観の写真を撮るしかできない。ショックすぎました。

トボトボとホテル近くに戻りました。仕方ない。諦めよう。海岸通り(レーニン通り)を歩こう。所々にエクスカーションの受付屋台のある通りをのんびり歩きました。海が綺麗で、にぎやか。土産物や大道芸が立ち並ぶ通り。すっかり気分がよくなり余裕ができた私は、あることに気がつきました。

男の人が上半身裸。海岸沿いですから水着姿ってことも考えられるがそれにしても、ジーパンの上が裸。裸率75%以上です。リゾート地だから開放的になっているんでしょう。とはいえマッチョメン以外の肉塊までさらけだしていたのには、いささか疑問も感じましたが、まあいいや。

つられて裸になることなく、レーニン通りを歩く私。明日のエクスカーションを予約しました。看板に書かれたウクライナ語をなんとか解読し、バフチサラーイという場所へのエクスカーション、つまりツアーを購入しました。

そこのおばちゃまがとても可愛い人。ほぼ単語のみの英語会話で説明してくれ、さらに翌日の集合場所まで連れて行ってくれるそうです。しばらく外で待っていました。が、なかなかおばちゃま出てきません。のぞくと、結構客がいる。しばらく時間かかるなあ。

とおばちゃまが僕を呼びます。そこには一人のかわいい女の子がいます。おばちゃま曰く、『このインナが明日の集合場所に連れてってくれる。インナも私の客なんだよ。よろしくね。』

インナとレーニン通りを無言で並んで歩き、待ち合わせ場所に着きました。英語のわからない彼女との会話は筆談です。わかったことは、待ち合わせ時間、場所、そして彼女は別のツアーに参加するために明日のその時間にはいないこと。名前以外は何もわからないインナとはそこでお別れ。笑顔の印象的な子でした。

さてウクライナ4日目は、ヤルタ満喫のツアー。

第4回ハトウィン~アジアンハトウィン~ / ご報告

鳩の街通り商店街で開催するハロウィンイベントだから「ハトウィン」というダジャレのようなネーミングもだいぶ浸透してきた気がする4年目。2017年10月28日土曜日に第4回ハトウィンが開催されました。 秋の売り出しと100TENプロジェクト対象店舗お披露目を兼ねたハトウィン...