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肉寿司を食べてきました。

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牛と馬の肉の盛り合わせ。シャリの粒と肉の厚みのバランスがちょうどいい。牛はお馴染みの味で、シャリの酸味と山葵が締める。馬の赤身はこれぞ肉寿司と言わんばかり。歯ごたえが、肉の旨味が、荒々しく上品だ。二の腕が筋肉で膨れた漢(おとこ)の上品さ。うまい。馬のトロの歯ごたえは挑戦的だが確かに濃い。噛めば噛むほどにちょうどよくなる味は食べてみなければわからない。馬のネギトロのキンと冷えた爽やかさが「盛り合わせ」に花を添える。


肉寿司のポテトサラダ。こってりとしたベーコンの下には卵、キュウリ、玉ねぎ等の野菜が混ざったポテサラ。黒胡椒がまぶされていた。少し薄い味付けだが、ベーコンで巻いて食べると、ポテトサラダというよりも肉サラダ。残る胡椒の刺激が次の食欲をそそる。


左から、馬豚鶏。こってりさっぱりしっかり。コリコリサクサクシットリ。海苔の中の小さなどんぶり。タンコラーゲン酢締め。ちょっと通な気分にさせる。皿の上の肉軍艦寿司は、「まだまだ食べたい」「まだまだ足りない」「まだまだいける」と私たちの気持ちを駆り立てる。


まるちょう稲荷の油揚げの中にはシャリとモツとネギとゴマ。5cmほどある稲荷は一口では食べられません。一つ、また一つと箸でモツをすくって口に頬張る。味がしっかりとしみていて、これだけでも十分食べられる。油揚げの中を覗くとモツはあと1つ。やっと口に頬張れるサイズになったから、えいやと投げ込んでモグモグと。油揚げの甘みとモツのこってり。シャリで中和される。そして一言「旨い!」


「お兄さん、お会計お願い」 モヒカンの板前さんは、何を言ってんだあんたらは、とでも言わんばかりにキョトンとした表情。「さしとろ食べないの?」 聞くと、さしとろ、という名物料理があるとか。嫌味なくらいに自信満々な表情を見せる板前に、私たちも負けてられるかという気分になる。「じゃあ2人前くださいな」 出された皿を見て絶句した。なんてでかい。肉汁と油の融け合ったキラキラが眩しい。直径、これは、15cmほど…いや、20cmはあると思う。一口では食べられないから、箸で切りながら口に頬張る。溶ける肉は久しぶりに食べた。上から振られた塩と胡椒の味がする。ネギとシャリの歯ごたえ、溶ける寸前の肉の歯ごたえ。何から何まで楽しくて仕方がない、さしとろの食べ心地。そりゃあ自信満々になるわ。

本当に美味しいお店。恵比寿横丁の中…

練習です。遊びです。その1。(2はあるのか)

練習その1

寒い。冷たい。痛い。細い。動かない。固い。白い。四角い。重い。丸い。甲高い。赤い。うるさい。温かい。ぬくい。気持ちいい。部屋。足。つま先。指。足。身体。プラスチック。リモコン。腕。ボタン。起動音。ランプ。エンジン。風。風。風。入る。座る。揉む。揉む。さする。持ち上げる。持ち上げる。持ち上げる。振り上げる。押す。鳴る。光る。まわる。吹く。吹く。吹く。


練習その2(人格)

私の良いところを聞くの?もー。今夜は寝かさないよ?終わるはずないじゃない。私ほどたくさんのストーリーを持ってる人なんていないんだから。ちょっと、なんでだまっちゃうのよ。笑いなさいよ。「冗談でしょ」とか言っちゃいなさいよ。なんか私が馬鹿みたいじゃない。ねえ、あなたが言ったのよ「お前の良いところを知りたいな」って。だから私は必死にこうやって説明してあげようとしてるんじゃない。だからお願いよ、私の言うことをちゃんと聞いてちゃんと反応してよね!

やー。無いっす。え。無いっすね。まあ、それくらいなら。あ、でもそこまでっす。無いっす。え。いや。いいえ。んー。あ、はい。あります。ええ。もちろん。いや、無いです。だから無いです。ええ。ええ。いいえ。いや。やー。無いんじゃないっすかね。見たこと無いっす。

え、なんで答えないといけないんですか。あなたが私に質問する理由が見当たらないんですけど。そもそもなんなんですか。せっかく私は宝くじが当たるかもしれない幸運の兆しに出会い、今まさにそこに売り場で購入せんとばかりの瞬間だったんですよ。あなたが私にくだらない質問をしてしまったがために宝くじの購入ができないばかりか私の気分は最悪どん底ではありませんか。ほらみなさい。幸運の白い斑点が腕にあったのにもう消えてしまったではありませんか。何から何まであなたの責任ですからね。当たるかも知れなかった宝くじの総額5億円と私の気持ちの慰謝料3000万円を請求してもおかしくないくらい…。ちょっとあなた逃げるんですか!どこまで腐って‥ちょっと!

どうも。そうですね。母がいつも私のおかゆを美味しいと言って残さず食べてくれる事ですかね。妻も好物なんですよ。私のお粥。ただねえ。息子のやつが食べてくれないんですよ。育ち盛りだから柔らかいご飯が苦手みたいでね。あいつの大好きな白いぶつぶつのついたお茶碗に、た〜っぷりお粥をついでやってもね、残すん…

撮られる経験の話です。

写真を撮られました。何度かTwitterで報告させていただいておりますし、まあ今更まとめて言わなくてもいいことかもしれませんが。

お読みになっている皆さんも、写真を撮られるという経験を一度はしたはずです。スタジおでの撮影だけでなく、プライベートでの「はいチーズ!」「はいポーズ!」「お姉さん、ちょっと顔かたいなあ」などなど。身構えて撮られる経験の他には、パーティーなどで盛り上がっているところをカメラマンに激写される、なんて経験もありますよね。そういうの、結構楽しいですよね。お酒もはいってて気分もいい。そんな時だったら、ちょっと化粧が落ちてても(あ、それは嫌だ)、髪の毛がぐしゃぐしゃってなってても、いつものキメ顔じゃなくっても。


私も激写体験があるんです。ただパーティー会場で、ではなく、都営大江戸線の車内で。休日だったと思います。電車はすいていました。私は疲れた表情で車両の端っこに座っていました。その日は読書用の文庫を忘れていたと思います。珍しくiPodで音楽も聞いていませんでした。多分、二駅か三駅程度の移動だったんでしょう。車内をよく見ていたのを覚えています。右からおばさんが歩いて来ました。ゆっくりと。視界に入ってきたおばさんをよく観察すると、クリクリのパーマをかけ、化粧は薄め、服装は地味でスーパーのビニール袋を持っています。右手には二つ折りの携帯電話(ピンク色)が見えます。近くなるとおばさんが携帯画面を嬉しそうに眺めながら、車内を見渡しています。私の前に来ました。「何が楽しいんだろう、この人は」と思っておばさんを眺めていると「カシャッ!」という音が聞こえました。ちょうど私の顔の前に携帯電話があるその瞬間の出来事です。写真を撮られました。おばさんは、呆気に取られ口を半開きにした私をちらりと見て微笑み、そそくさと次の車両に逃げていきました。

何が起こったかわからない私は2〜3分ほど考えこみました。「これはおかしい。写真を何に使うんだろうか、この人は」と疑問や不安が腹の底から沸き上がったその時には、すでに、おばさんの姿はもうありません。どこにもぶつけようの無い、不気味な印象だけが残りました。これは1年ほど前の出来事です。Twitterで報告した際は肖像権の事などアドバイスをいただいた記憶があります。その節は本当にお世話になりました。ところが、写真を撮られた経験はこの一…

スナック永子でギャルズの色気を獲得したいと思った。

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今日は仕事が終わってから六本木へ行って森美術館で「メタボリズム展」と「MAMプロジェクト015: ツァン・キンワー」を見た後に、ヒルズのすぐ横にあるスーパーデラックスへ行って「新年会! かよチューVSスナック永子」でAR大喜利を見てきましたが、とにかくまず記録しておきたいなと思ったのは、ギャルズと呼ばれるスタッフ女性の色気。


新年会! かよチューVSスナック永子」東海テレビで放映中のアニメーション番組「かよえ!チュー学」のイベントということで、壇上には中二童貞(キャラとして)のなすなかにしのお二人とヒカリゴケの片山さん、そして監督の新海岳人さん。中二童貞(キャラ)をノックアウトさせようってんで、ギャルズは思春期まっただ中の彼らが好きそう大人の女性になりきってらっしゃいました。ママの永子さんは、ガーターベルトの網タイツに赤い弾けるようなワンピース。その他、お着物をさらりと着こなし髪の毛をアップにした女性や、背中がばっくり開いたロングドレスを着こなした女性、胸をはだけた白いシャツに黒いタイトミニをはいた女性。中二童貞キャラたちはもうタジタジ……な事も無かったのですが、まあ、なすなかにしのなかにしさんは永子さんにロックオンされておりました。あの後なにかあったのかしらん。

さて、ギャルズ。お綺麗な顔立ちやお衣装の色気もさることながら、構成する要素の一つ一つが色気を感じさせるのです。私は、まるで、お姉ちゃんの色気にホウっとしてしまう思春期の女子中学生さながらに複雑な気分で見とれていました。なんて言うんだろう。お姉ちゃんが持っている要素が欲しいからお姉ちゃんそのものを欲しいとは思っていないんだけれど、同時にその要素に魅了されているからお姉ちゃんに魅了されていると勘違いしているような。自分はノーマル?アブノーマル?どっちなの?私は綺麗になりたいだけなのに…っていう、ゆらぎ。

まず最初は香水にうっとりしました。あれは、売り場で匂った事がありません。上品でしっとりとした、でも、確実に人の意識を撫でるような香り。思わず「素敵な香水ですね。どちらで買われたんですか」と聞きたくなります。次に、手のしなやかさに目を奪われました。細いから素敵に見えるのもわかるけど、角度や指から手首にかけての曲線が素晴らしい。美しさの意識が指の角度にまで行き渡っている、周りにいる全ての人の目線に気を配る、つ…

カニバットは普通の人へ。百人の危ない美女は、百人の危ない労働者へ。

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―あなた方はサイコパスでありながらただ女性であるというだけであらゆる反社会性の道を閉ざされていた。―本文引用

女装の私が「説教師カニバットと百人の危ない美女」を読みました。下品残虐すぎて文字起こせない程の内容で、ただ非現実かというとそうではなく現実を丁寧に詳細に描写すると滑稽になるのかという発見を与えてくれ、そしてただ「女である」事の受難に集約されてしまう。

プロローグもインデックスもエピローグもあとがきもない小説。一人称が女流作家だから最初はエッセイなのかと勘違いしてしまいます。ブスである自分の容貌について、多少の滑稽さを加えながら丁寧に記述していて面白い。ところがファックスが2台あって、はき出される紙は作家の肩を押すほどだとか、幽霊が出るだとか、カニバットがどうとか、はてはゾンビと来た。No37からNo100までナンバリングされた女ゾンビ、つまり幽霊がファックスにしたためた主人公への罵詈雑言。しかし内容はただただ冷静に善意で結婚を促し、結婚の素晴らしさを説き、いかに自分たち(女ゾンビ)が結婚するために努力してきたかを書いているのです。あっけらかんとしたリズムで読みやすいのですが、ただ…ただ…内容が…人を殺しただとか、殺して切り取った腕を自分の身体に縫いつけるだとか、糞尿がどうとか、もう、なんというかサイコパス甚だしい!

「こんな女いるものか!」と叫びたくなるのですが、どこか拭えない「いや、もしかしたら、前に立っている女の人・・・も?」という現実味。私は自分の中の女性性を自覚しているし、他人からも女性性を確認されています。しかし他の女性の女性性について深堀りをしたことがないらしいのです。拭えない不安がそれを証明していました…いやちょっと待って。それは単に小説が女ゾンビを題材にしていて、中心テーマが「女」であるからそう感じているだけで、男性に対しても同じ事を、つまり「その人がサイコパスかもしれない不安」を感じているじゃない? 今日だって、マスクをした短髪で黒いダウンジャケットを着た男の人に足を思いきり踏まれました。人身事故で電車が思ったように動かないからイライラしている気持ちもなんとなくわかるけれども、私の顔を見たとたんに急にいきりたって、思い切り踏みにじって去っていくなんて、何考えてるんだかよくわからない。

ほら、「その人がサイコパスかもしれない不安」は男性女性…

ライターにおける女装×ファッションについて

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私はファッションが好きで、さらにライターをしているから例えば女装の私が服についてレビューをすることで何か仕事になるのではないかと思った事もありますが、男と女で体格は違いますし、服のディテールは、やはり、女性のラインに合わせて、というか、女性が美しくなるように作られているので、男の私がそれを着用し美しくなったとしても、じゃあそれが、女性を美しくするものであるかどうか、いや、美しくなるものだと読み手に感じてもらえるかどうか疑問なのです。

女性誌の写真に憧れたり、マネキンの着こなし、ショップ店員の着こなし、女優が着ている服、映画のワンシーンの様な服を着たいとか、ほとんどは、憧れが動機で服を買うのではないのでしょうかと、思うのですが、もちろん、個人差はあるでしょう。自分では無い何か美しいものに憧れ、それに近づく手段として服を購入すると言ってしまうと極端な例かもしれませんが、女性をターゲットにして、この動機を形成し育成するコンテンツを生み出すライターが女装であるかどうか関係ありませんし、不必要な情報。「◯◯な女性に惚れる」という視点や、それこそオネエ系キャラクター性を放出させえてそれを活かして辛辣な意見を述べる、つまり本質的には領域を脅かさないところからの納得いく厳しい意見として書くのが精一杯ではないかと思いましたが、残念ながら私はオネエ系ではないし、そのフリもできませんので、それは無理な話です。

男性をターゲットとし、例えば、素敵な女装をしましょうという切り口でパリコレのレビュー記事を書いたとしたらどうか。うん?おや?これはもしかしたらコンテンツになる?いやいや、そんなはずはない、慎重に考えたい。

憧れの女性像と同化したい、というのが大多数の女装のモチベーションだし、男の娘しかり、美しいよりも可愛いが主流な気がします。さらに、アイコンとして許容されるビジュアルが必要になってくる。Andrej Pejic水嶋ヒロのような完成度ですね。さらにAndrejの場合は、天使に近い。性の未分化の原点を突き詰めていくと見える「少年」と「少女」のギリギリの境界線上にある美しさ。大人とは違う、彼が動画などで見せるわがままな態度も少年少女特有の奔放さの演出にも見えます。ビジュアルのハードルがとてつもなく高いのです。単純に、男性が女性の服を着用するというだけではコンテンツにはなりません。話…

新年早々、車をぶつけちゃいましたよ。

私は車をガレージの門にこすりつけた。車は運転席ドアが開かず助手席側から入るしかないほど右側の壁近くに駐車されていた。向かう方向は右側。私は左にハンドルをきり、少しふくらませてから右にハンドルを回す。ところが、安全に出発させるには、もっと車を前に出す必要があったらしい。門をこするギリギリの距離で私はどうしようもできなくなった。心配して様子を見ていた父親にハンドルを譲った。彼もこの状況から脱するのに困難を要したが、なんとか門と車の右側との距離を空けて、車を出すことができた。父親が車の右側をチェックしに走ると、案の定、夜でもわかるほどの傷があった。思わず「これ5万や!」と彼は言った。私は本当に申し訳なく思って謝った。ドライブに出る予定だったが、もはやそんな気分じゃない。「大丈夫や、気にすんな」と父はフォローを始めた。私の肩をバンバンと叩き「この車は共有や。みんなのもんや。おまえのモノでもあるし俺のモノでもあるねん」と言い「気にせんでいいから、ほら、ドライブに行け!」と運転席に押し込み去っていった。

1時間ほどドライブをしていたと思う。5万円と具体的な数字を言われてしまったから、申し訳無さや運転技術の低下した事の情けなさが、いやにビビッドに頭を駆け巡る。「右に詰めすぎやねん」とか「運転技術にこだわるのはええねんけど、ガレージ広いねんから、そんな技術の鍛錬は無駄やん」とか言い訳も顔をのぞかせたけれども「いやいや、私の技術さえあれば回避できた」とか「落ち着いて対処できたら問題にならなかった」と今度こんな事が起こらないように、と反省に集中した。

帰宅した。今までにないくらい車庫入れは緊張した。何度もハンドルを回して、まるで若葉マークの初心者のよう。気分は落ち込んでいて、一階で炬燵に入っていた父親に「5万なんよな。ごめん。本当に申し訳ない」と言った。彼は「車は慣れの問題や。あんま運転する機会ないから仕方ない。もっと運転したらええねん」と、またフォローをした。私も大人気なかったと思う。「しばらく運転せんとくわ」とどうしようも無い事を言ってしまった。なんとなく、このまま一人で誰とも話さずに寝たかったから「寝るわ」と3回念を押して二階に上がって寝室にこもった。母親は意図を理解してくれていたようだったが、父親はそうでなかったんだと思う。

階段を上がってきた父親は寝室のふすまをノックした…