2012年8月12日日曜日

結果、私は18歳でもないし青春でもない。



この夏は自分の若さを検証するために青春18切符を活用して実家のある大阪に帰省しました。18切符が18歳のための切符なのだとしたら15歳も年齢をごまかしているわけで、そういった少しの罪悪感もあって「捕まってもいいわよっ」という覚悟から横シマボーダーの服で電車に乗りました。ふと見渡すと一車両に必ず3〜5人ほど同じ覚悟の横シマボーダーを着ている人がいます。さすがですね。というか流行っているんですね。

さておき。

東京駅 (Tokyo Sta.) 9:43 AM
東海道本線でまず熱海へ。始まってすぐは気楽なものです。車窓から見える風景を眺める余裕もあります。「新幹線だったらあっという間の風景だけど、こうやって眺めると違って見えるね」だなんて脳内の恋人と語り合っていたり。客の少ない車内。始終のんびりとした雰囲気だったら良かったのですが、小田原駅あたりから様子が変わります。


熱海駅 (Atami Sta.) 11:37 AM
小田原駅から大量のバックパッカー&キャリーバッグを持った若い旅行者&家族旅行者が乗り込みます。車内の温度が上がります。もちろん、湿度も。

熱海駅で扉が開いたら、途端に、上記3チームが走り出します。熱海駅では東海道本線普通島田行きに乗り換えます。2つある階段に人が走りこむ様子は、通勤ラッシュのそれよりも破壊力があります。これがいわゆる"競走"ですか。圧倒されてしまいました。私はマイペースに階段を降り、上り島田行きに乗りました。

座れません。2時間ちかく「島田行き」車内にいなければなりません。しかし私は事前にネットで18切符の極意なるものを調べています。へへへ。こういう鈍行の旅をするときはなるべく始発駅から電車に乗るに限ります。島田駅で乗り換える予定の普通電車「浜松行き」は興津駅が始発です。そのまま「島田行き」に乗っているのは上手な乗り方ではないのです。ふふふ。含み笑いを隠しながら興津駅を待ちます。


興津駅 (Okitsu Sta.) 12:40 PM
興津駅につくやいなや我先に階段へ向かう人人人。まあ、私の考えは甘かった。周りにいる方々全員18切符上級者でした。ここでも競走が行われ、大きな荷物をぶつけながら線路を挟んだホームに止まる「浜松行き」に座りたい一心で走ります。半ば諦めムードでのんびり歩く。階段を下ると思ったより人がいない。なんとか座ることができました。

私の横に座った若い男の子は「やったー座れたよー。やっぱ正解だよね?この乗換でさ?ね。すごくない?おれらすごくない?島田行きに乗ってる人は後でまた立たなきゃなんないんだね。やったねやったね。すごくない?おれすごくない?」。前に座っている男の子2人は「次の浜松で乗り換える電車は車両が特急タイプ(横に長椅子タイプではなく、新幹線タイプの席)だからさっきよりも早めに乗り換えないとね」。

レベル高い。


浜松駅 (Hamamatsu Sta.) 2:20 PM
本当は浜松駅で休憩しようかと思ったんですが、目の前に席の空いた快適な車両があったので飛び乗りました。浜松から豊橋まで。1時間弱と短い時間でしたが、久しぶり(?)にゆったり快適な車内です。鬼気迫る様子もなく。何かに飛び乗ろうと入り口を睨む人もいない。トランプをしている外国人バックパッカーもいる。豊橋に到着し、扉が開く。


豊橋駅 (Toyohashi Sta.) 3:54 PM
豊橋では休憩をする予定だったので、何も考えずただ改札に向かおうと階段を目指します。いましたいました。競争をする方々が。後ろから眺めながら私はのんびりと歩く。駅舎内で味噌カツ食べて休憩終了。米原行きの快速に乗り換えます。この快速は特急系車両でした。窓際を陣取ります。のんびり。競争系が飛び乗る様子をのんびり眺め出発を待ちます。しばらく走ると電車が止まります。駅表示は三河三谷駅。文字通り空には不穏な黒い雲が立ち込めます。そして流れる車内アナウンス。


「本日名古屋地区大雨のため運転を見合わせております。復旧の見込みはたっておりません。申し訳ありません。」

まじで。



蒲郡駅 (Toyohashi Sta.) 16:22 PM
電車はこのまま2時間半動きませんでした。名古屋まであと少し。聞いたことの無い駅名。周りがざわざわしだす中、22:00までに米原駅に着いていればなんとか大阪に帰ることができると知っている私は動じません。嘘です。少し不安になりました。でもまあ、慌てても電車は動かない。車掌に「動かせよ!この辺り雨やんでるじゃねえかよ!」と詰め寄っても何も状況は変わりません。

寝る座る飲む眺める読む。繰り返し、時間が過ぎ雲が過ぎ去るのを待っていました。線路点検が終了したとのアナウンスが車内に響いたのは18:11ごろ。先行、後続車両との連携が済み動き出したのが18:32ごろ。ほっと安堵の空気が車内を漂います。


名古屋駅 (Toyohashi Sta.) 19:18 PM
米原行きに乗っている私はあとは座っているだけと安心していましたが、JR大混乱。「雨の影響により長く停車していた為、本車両は米原行きから大垣行きに変更となりました」。思わずふてくされてしまいましたよ。仏頂面になってしまって。

仕方なく大垣から米原までの距離や時間を調べます。そんなに遠くない。よし大丈夫。22:00までに米原に着いていれば〜、というタイムリミットにも間に合う。よし、、大丈夫。と心を強く保ち、大垣駅での競争に加わります。

米原行きの止まっているホームには電車が止まっていました。しかし入り口からあふれるほどの人が乗っています。これは大変だ。時間はまだあるから次の電車にしよう、と車掌さんに声をかけました。「次の米原行きは何時くらいになりますか?」「次は無いと思ってこの電車に乗ってください。何時になるかわかりません。ここに止まっているのが奇跡だと思って。」仕方なくぎゅうぎゅうの人の森に飛び込み米原に向かいます。


米原駅 (Maibara Sta.) 9:29 PM
もうヘトヘトです。網干行き新快速に乗ったところまでは覚えているのですが、そのあとの記憶は途切れ途切れです。席取りに座る人たちを眺めて「フルーツバスケットかっ」とつっこんだくらいは覚えていますが。

大阪駅 (Osaka Sta.) 11:02 PM
普段通りの週末を過ごして帰る人々が眩しく見えます。

そして家に着くやいなや、熱い珈琲を飲み、眠りました。


・・

・・・・

・・・・・・・

・・・つ

・・・・・・疲れました。

検証結果。もう青春とか18歳とかそういう年齢じゃない。

2012年8月8日水曜日

8月8日に書く、ここ数日の備忘録。


ここ数日の備忘録。


自転車で転んだ。車道から歩道にうつろうとしたのだが縁石が大きかったために車輪はその側面で縁石を滑り、バランスを崩した私は盛大にこけた。場所は奥浅草の辺りで観光客もまばらだ。老人が「大丈夫かい」と反対側の歩道から声をかけてくれた。老人のそばには孫がいた。年端もいかない、小さくて可愛らしい子だ。言葉の数も少ないだろう。私は、心のどこかで「こけたのに痛くないと回答したら子どもは自転車は危なくない、痛くないものだ、などと間違った知識を得るかもしれない」と考え咄嗟に「痛いです」と大声で返事をした。すると老人は「痛いんだって!ハハハ」と孫に笑いかけて歩き去った。よかった。これで自転車の危険性を知らずに、いや間違って自転車でこける事は危険じゃないと思い込んで育ち将来大きな怪我をしてしまうかもしれない子どもを一人救った。晴れ晴れしい気分だ。というのは言い訳で単純に「大丈夫です」と言えないほどダメージを受けていた為「痛いです」と大きな声で返事をしただけの話。


すみだ円卓会議という集まりに参加した。墨田区で何かしらの活動を行なっている人たちがyahiro8に集まり紹介し合い語り合い情報交換をするという会らしかった。私は例のごとく二時間通勤という試練を乗り越えて1時間近く遅れて参加したら、既にお互いをある程度知り話題も生まれ笑顔と笑顔の飲みニケーションが繰り広げられているコンパの輪に中々入れない人数合わせの新入社員よろしく、足がとまり焦りとにかく知っている人の顔が多い輪に入った。何をしゃべっていたのかすっかり忘れてしまっていて、それじゃ備忘録にならないじゃないか、とフジシロさんあたりにツッコミを入れられそうだけれどもそれくらいは許して欲しい。それだけ密度の濃い会合だったんだから。普段と違うコミュニティで自分や自分の関わる活動を紹介することは、とても良い修行。客観的に確認する良い機会なので、逃さないように参加したいと思う。


ペンを変えた。細かいことを言えば以前使っていたペンに戻った。


墨東まち見世編集部が発足し説明会が2回、編集塾(公開トーク&セミナー)の第1回が開催された。徐々に、ゆるく、でも着実に関わる人の顔が見えてきて、年度末のアーカイブ完成に向けて気持ちが盛り上がる。と同時に墨東まち見世2012もメイン会期前の佳境。よく広告などで気温が高いという意味での「暑い」と、気持ちが盛り上がったり何かしらの会場が熱気に包まれる「熱い」をかけて「アツい夏がやってきた!」と書かれているが、まさにそのような状況にいる自分を確認しているが、願わくば「暑い」は少し控えてほしいなと思っている。夏は嫌いなのだ。汗は出る。メイクは落ちる。日に焼ける。


「窶れた」とか「顔色が悪い」と言われる時期があった。ほんの数日前のこと。


髪の毛が伸びた。切りに行く機会が無いという言い訳のもと伸ばしているが、さていつまで見逃してもらえるかわからない。なにせ会社の男性社員(会社づとめは女装してない)は皆、短髪黒髪。長い茶色いなんて人は一人もいない。「長い髪の毛は不潔だから」とありきたりの理由に対抗するためシャンプーとコンディショナーはオーガニック製品を個人輸入(iHerb)し、しっかりとケアしている。「不潔」だなんて言われた時にはパッケージから成分から洗い方洗う頻度から全て伝えて「ほら不潔じゃない」って証明してやるんだ。


好きな人は相変わらずできない。好きがわからなくなり付き合うがわからなくなった。子どもかっ。


33歳になった。数字で何かを自慢したり確認したり自己満足をしたいわけじゃないけれども、のべ160近い人から「おめでとう」や「いいね!」をいただいた。気が引き締まる。気を引き締め毎日を確かに生き抜こうと心に決め次のような文章を書いた。

誕生日のメッセージを送ってくださった皆さま、本当にありがとうございます。32歳をまとめるほどまだ私は経験を重ねておりませんし、語れるだけの事実はまだまだありません。私の周りには語ることができないほどたくさんの素敵な出来事が起こっているというのに。

人や出来事と関わることで、そうした「語ることができないほどのたくさんの素敵な出来事」に気づき何かを学び糧にできている事を、心の底から幸せだと感じています。願わくばこの言葉にできない何かは、次の世代に、つまり子どもに託したい。子ども、まだいませんが、欲しい。

次の世代に語れるだけの経験をもっともっともっと重ねていきたいので、私はできるかぎり多くの場所に行き経験し関わり記録していきます。経験をさせてくれた人や出来事にお返しをしたい。んー。「お返しをしたい」なんてものは欲張りで、それほど自分には力なんてない。「お返し」ができてるかどうかなんて期待もできないし信頼もできない。ただ同時に「私なんて」って卑下もしたくない。ああ悩ましい。自分ってやつをなるべく俯瞰して、あと自分がいる場所を俯瞰して、その場所への尊敬を忘れずに、行動したい。

ということで。今までどおり自分なりに頑張ります。関わる皆さま、これから関わるであろう皆さま、一生関わらない皆さま、私の知らないあなた、これからもよろしく。

その翌日に自転車でこけた。(冒頭に戻る)

第4回ハトウィン~アジアンハトウィン~ / ご報告

鳩の街通り商店街で開催するハロウィンイベントだから「ハトウィン」というダジャレのようなネーミングもだいぶ浸透してきた気がする4年目。2017年10月28日土曜日に第4回ハトウィンが開催されました。 秋の売り出しと100TENプロジェクト対象店舗お披露目を兼ねたハトウィン...