2014年11月1日土曜日

鳩の街100YENチャレンジショップ【体験型空き店舗博覧会】 / ご報告



2013年から鳩の街通り商店街では「空き店舗博覧会」を実施しています。これは空き店舗の内覧会を博覧会に見立てて実施。つまり「物は言いよう」なのですが、ただただ内覧するのではなく博覧会に来たつもりで見てみれば無駄や欠損と断じていたものの秘められた価値に気づくかもしれません、というイベントです。


2014年の博覧会開催時期はちょうど売り出し(商店街では年に4回あります)時期と重なるため、集客のできるイベントと連携した形式を模索していました。ところで空き店舗活性事業は、商店街からもある程度の補助を行いながら新規店舗を開店してもらうという事業です。継続性はとても重要です。そのため準備金や「それほんとうにお店として成り立つんですか?」のボーダーラインがとても厳しい。新しさへの可能性になかなか投資できないという現実が立ちはだかります。

話は戻ります。売り出しの時期の空き店舗博覧会は、そうした現実の壁を一旦取り払い、空き店舗を体験してもらうことに決めました。そう、体験型空き店舗博覧会。空き店舗でのお商売へのチャレンジです。一日限りのチャレンジショップ。とにかくチャレンジ。何を売ってもいいけれど値段は全て100円。出店料は100円にしてハードルを下げました。何もかも100円。訪れるお客さんも、出店者も、私たちも、とにかくチャレンジチャレンジ。



出店可能な店舗の交渉や、当日のオペレーションなど色々不安はありましたが、フタを開けてみれば大盛況のイベントとなりホッとしました。ご近所の飲食店さんがスイーツでチャレンジ出店。ご近所さんが100円でやりたいことを販売するというチャレンジをしたり、手品師さんが手品の種を販売したり。スカイツリーの下にあるすみだ水族館さんまで金魚屋台で出店。墨田区在住の絵本作家さんや雑誌で活躍中のイラストレーターさんまで参加。何ともチャレンジャブルな一日です。

ご来場いただいた皆さま、そして100YENチャレンジショップとして参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました。





(補足)

この企画に先立って、商店街に対して企画書を提出しましたが、出した案はことごとく実現できませんでした。簡易自転車置き場など。それらは私が主体となって動けば実現したものもいくつかありました。私は時間の制約を理由に動きませんでした。会社勤めをしていると、商店街以外にも関わっていることがあると。でも言い訳です。何かを犠牲にすれば可能でした。さらに言えば、周りがやりたくてやりたくて仕方なくなる企画であれば、私が動かなくても実現できたでしょう。自分の限界を知るよい機会でもありました。



2014年6月10日火曜日

9. 赤道をGPSで計測してきた / エクアドル旅行記

アーティストの谷山恭子さんからいただいた依頼。GARMINのGPSロガーをお借りして赤道の緯度と経度を計測してきました。赤道は地球のちょうど真ん中を走る線。北緯と南緯のちょうど真ん中。つまり00°00’00”になるはずです。

今回は3箇所計測を行いました。1つ目は赤道記念碑。2つ目は赤道記念博物館(インティニャン博物館)。3つ目は赤道記念博物館から少し離れた路上です。先にネタばらしをいたしますがN00°00’00”を計測できた場所、つまり赤道は3つ目の路上でした。

宿泊していたホテルからトラムに乗ってバスターミナルへ。表示を確認して乗車。途中で乗り換えがあったのですが、なんとか成功。赤道記念碑のバス停に到着しました。この日はとても良い天気で風も強く、乾いた土が舞い上がる陽気でした。メガネを何度も布で拭きながら前へ進みます。

記念碑周辺はよく整備された観光地となっていて、飲食店や土産物屋が充実。土産物屋は店舗ごとに特徴があり、一つ一つ見ていても飽きません。まだ早い時間に到着したので人は少なかったのですが、帰る時はかなりの人が訪れていました。


赤道記念碑はとても大きな石造りのモニュメント。中に入ることができます。展望台になっていて赤道からの眺めを楽しむことができるのですがGPSで計測するとS00°00’07.8”です。赤道ではありません。残念。GPSの無い時代、とある科学者が計算して「ここが赤道だ」と言ったため作られたモニュメントだとか。その誤差約数百メートルです。残念。


さてそこから道なりに歩いて数百メートル先にインティニャン博物館(※1)があります。多肉植物がひしめきあう細い道を行くとこじんまりとした建物。まだ進むと赤道を示す赤い線と「LATITUD: 00°00’00”」と書かれた小さなモニュメント。



さあここが目指した赤道だ…ではありません。GPSを確認するとS00°00’04.0”と表示されてしまいました。(スタッフの目に触れるとたぶん気を悪くされるのではないかと思い、こっそり計りました。)

赤道記念碑に表示された数字と博物館での数字から推測して、私はもう少し歩きます。細かくGPSを確認しながら00°00’00”を目指して歩きます。博物館の事務所を越え、駐車場を越え、道路を越えた辺りでやっと00°00’00”になりました!


ここがどうやら赤道上のようです。誰かに共有したい気分になりましたが、この場所ではS00°00’04.0”の赤い線を赤道として皆さん楽しまれているのです。タマゴが立つと盛り上がっているわけです。


排水口に流れる水の回転が北半球と南半球で違うことや赤道上では回転せずに流れ出ることを盛り上がるわけです。


赤道上で目を閉じて歩く実験を行列を作りながら楽しむわけです。


赤道上で弱まる力の実験をペアになってやりながら、みんな「おお!ほんとだ!すごい!」と盛り上がるわけです。私はスタッフさんとペアになって実験をしました。どちらかが赤道の上に立ち、組んだ手を肩より上に持ち上げます。もう片方がその手を上から押さえつけます。赤道上にいると押さえ込まれる手に勝てない、というわけですが私は勝てないフリをしました。一応。


そんなある種の集団催眠状態にある人に対して「そこ赤道とちゃいますよ」なんて言えません。

ツアーはとても楽しいものでしたよ。ガイドの説明も上手ですし、内容も赤道のことだけではなく先住民族の風俗についてなどかなり丁寧。休憩場所では先住民族に伝わる音楽や踊りのパフォーマンスがありました。入場料3ドルでこれだけの内容はかなりお得ではないでしょうか。

エクアドルに行く際はぜひ、赤道記念碑を見上げ、赤道博物館を楽しみ、そして本当の赤道の存在について思いを馳せてください。


エクアドルにとって赤道は象徴です。エクアドルという国名はスペイン語で「赤道」を意味します。スペインやコロンビアから独立する際、それぞれ歴史的価値や個性の強いキトやクエンカやグアヤキルといった国内諸地域の意見をまとめるため、あくまで妥協点として「赤道でいいじゃん」と決まりました。

独立後もペルーなど周辺諸国との領土問題や、激動の国内情勢を生き抜いたエクアドル。妥協の産物としての国名に求心力があったのでしょうか。巨大な記念碑の必要は容易に想像できます。
「エクアドル人」とは何か。妥協としての国名を持つエクアドルでは、この問題は根深いものとして扱われます。「エクアドル人」とは何か。その問題の原因は国名だけではなく民族構成にもあります。白人、白人と原住民との混血、多様な原住民、奴隷として連れてこられたアフリカの人々、流れついたアジア人などなど。スペイン統治を経たエクアドルを構成する民族はとても複雑で多様です。

ナショナリズムがおこりづらいこの状況で「自分たちはエクアドル人である」というアイデンティティを持ちだした人々がいます。国内の家族を養うために出稼ぎに出た労働者たちです。国を離れることで国民としての意識が生まれたのです。こうした人々はいずれエクアドルに戻り、社会を形成します。

私がエクアドルに行くことを決めたきっかけであるビエンナーレ「12 Bienal de Cuenca」のテーマは「Ir para volver」でした。(英語に直すと「Leaving to return」、日本語に訳すと「戻るために行く」でしょうか。)今そこにいない。しかし必ず帰ってくる強い存在。共存できない価値観や対立する考え方を強く持って戻ってくるかもしれないその不在という強い存在との対話が解釈の一つでした。

エクアドルの人々が直面する「エクアドル人とは何なのか」という問題。これからエクアドルはどのような変化を見せるのでしょうか。とても興味深い国です。


※1 Intiñan Museum
http://www.museointinan.com.ec/

8. 路上で音楽にのって踊ったら捕まるらしい / エクアドル旅行記

六本木の音楽実験室「新世界」で働く萌ちゃんから「エクアドルの音楽(路上ライブとか)を録音してきて!」という音楽やパフォーマンスを企画する人らしい依頼をいただきました。確かにエクアドルではどんな音楽が奏でられているのか、路上ではどんな人々が笑顔を見せているのかについて想像できません。


キトの街中では大豊作でした。人が多く集まる広場では、ギターを奏でるおじいさんやバンドネオンを鳴らしながら歌っているおじいさん、黄色い制服で演奏するブラスバンド。


階段ぎっしりの人々がパントマイムや手品をまぜた2人のピエロのパフォーマンスに目を奪われていました。


飲み屋通りでは、若いギターデュオがかすれた声で歌い、夜になると警察に追い払われながらもゲリラで幾人もの若者が演奏を繰り返していました。なんだ、どこの国でも同じような風景なんだ。


赤道行きバスターミナルへ行く途中のトラムの車内では男の子がいきなりラップを始める場面に出くわしました。早口のスペイン語だったのでよく聞き取れなかったのですが、体制批判か貧困の生活の訴えか。コンパクトな持ち運びスピーカー兼プレイヤーを抱えて車内を練り歩いていました。


クエンカでは路上パフォーマンスを見つけることはできませんでした。歩行者天国のような場所が少ないということも理由の一つだと思いますが。それにしても外で何かをしている人を見かけることがほとんどありませんでした。通行人ばかり。物乞いを見ることもありませんでした。見たとしても、行商の疲れで路上に座る人々の姿くらい。それは誰か(お金をくれる人)を待つ様子ではなく、ただただ疲れを癒しているような。疲れが時間と共に流れ去っていくのを待っているような。それだけでした。


クエンカの屋外で音楽が聞こえてきたのは2回だけでした。1つは夜に聞こえてきたお祭りの喧騒。花火があがる市庁舎近くの広場では大音量の音楽と光のパフォーマンスがなされました。


子どもたちは大きな音におびえながらも花火を見上げ、人々は集まり体を小さく揺らしながら喧騒を楽しんでいました。見渡すと広場にちらほらPOLICIAやSEGURIDADと白い文字で書かれたジャケットを着た男たちが歩いています。ぐるりと歩いて気づいたのですが広場にいたる道には車両と共に白い文字のジャケットを着た屈強な男たちが立っていました。そういえば昼間でも彼らが視界に入らない場所はほとんどありません。安全を守っているのだなあ、としばらく私は思っていました。

ほんとうにジャケットを着た男たちはどこにでもいるのです。それこそ公園の中でも必ず2~3名が巡回しています。早朝散歩をしに向かった公園でもそう。その日はいつもより多く彼らが巡回しているような気がしました。


公園の中心にある原っぱでは太極拳。カセットテープレコーダーから流れるゆるやかな音楽。師範のきれのある動きと、その周りでほんとうにたどたどしく体を動かすエクアドルの人々。微笑ましい光景だなあと思って眺めていると気づいたのですが、ジャケットの男たちはこの太極拳集団を警戒しながら歩いているのです。警棒を手に持ち、必ず誰か一人はこの集団に顔を向けています。とても異様な光景です。私はその時吹き出しそうになりました。こらえましたが、こらえてよかったと後で知ります。

2回目は音楽フェスティバル当日でした。大抵、ビエンナーレと同時に都市では様々なイベントが同時開催されます。クエンカも例に漏れず、広場で大掛かりなステージが組まれバンドやDJがノリノリの演奏を行うミュージックフェスティバルが開催されていました。


いくつかのステージを見ることができたのですが、最も印象に残っていたのはDJブースでした。数キロ離れていても聞こえるキレッキレのDJ。民族博物館帰りで少し疲れていた私も、思わず小走りに音のなる方へ向かいました。


橋の上からステージを見下ろすことができる絶好のポジションを見つけました。DJブースもよく見えるし、ダンスフロアにも死角無し。イベントの様子をチェックするには申し分無い場所だったのですが踊っているのは1人だけでした。


周りには数人の若者が腕を組んで彼を見守ります。踊っている彼は青いパーカーを着てデイバック。風貌からすると旅行者なのかな。酔っ払っているのかもしれません。おぼつかない様子ですが気持ちよく踊っています。DJブースを向いて踊っていた彼はいきなり体ごと後ろを向くと、指を差し手招き。誰か知り合いでもいるのかなとその方を見ると警察が数名腕を組んで立っていました。


思わずカメラを向けてしまった私は少し後悔しました。警察の一人と目が合ってしまったのです。小心者の私は急いでカメラをしまいました。そのそぶりが良くなかったのか、警察はこちらへ向けた目線を下ろそうとしません。私は仕方なくその場所から立ち去りました。
青いパーカーの彼がどうなるのか気になる私は、ぐるりと回り道をして警察が立っていた場所の後ろ側へ向かいました。DJブースを警察を通して見る場所です。川を挟んだ向かいの通りなのでおそらく安全でしょう。5分くらいでその場所に到着。


彼の様子を確認しようと目を向けると、既に黒いジャケットを着た男たちが奥に連れ去った後でした。そしてDJブース前には黒いジャケットを着た男が仁王立ち。誰も踊れやしません。今日はミュージックフェスじゃなかったのか?!

よくよく思い返してみると、市庁舎前での夜のお祭り時も誰一人として踊っていませんでした。小さくステップを踏む人はいましたが恐る恐るだった気がします。何なんだこの街は。私はモヤモヤした気分を引きずりながら、残りの滞在を過ごしました。最終日、美術館の若いスタッフと話す機会があり、このモヤモヤをぶつけてみました。「彼は何で連れていかれたんだい?この国では踊っちゃいけないのかい?」「あなた、一緒に踊らなくてよかったわよ。外国人は特に連れていかれるから。」

※「連れていかれる」事実についてしかるべき所へ取材は行っていません。ソースは私の体験と美術館スタッフの言葉のみであることを、ご了承ください。

ある国の持つ様々な側面を知るきっかけを与えてくれた萌ちゃんに感謝したいと思います。

2014年6月9日月曜日

7. ドンツキ(行き止まり)を探してみた / エクアドル旅行記

タモリ倶楽部に出演もされた、墨田区のドンツキ協会さんからエクアドルの行き止まり(ドンツキ)の調査を依頼されました。ドンツキ協会とは行き止まり(ドンツキ)の地位向上を目指して活動している団体です。以下、ドンツキ協会のサイトと説明を共有します。

「ドンツキ協会」は東京・向島に数多く存在する袋小路「どんつき」をまちの個性であるとして肯定的に捉え、観察、表現、郷土研究等により、「どんつき」と徹底的に向き合い、関わり合いながら「どんつき」の地位向上に勤めることを主旨としています。 引用元:ドンツキ協会とは?

クエンカの町並みはスペイン統治時代の区画整理を経ているためか碁盤の目のように綺麗に整理されています。ドンツキが見当たりません。渡航前にGoogleMapをチェックして見つけたドンツキのように思える場所は駐車場につながる道であったり、居住区画につながる細い道であったり。細い道は少し怖い雰囲気を感じたのでリサーチは断念しました。


一つだけ、ドンツキのように思える道がありました。広場の周辺にある道。人の声の響き方や、子どもが遊んでいる様子から、もしかするとドンツキなのではと期待して道に入ります。ところが道の右奥に広場へつながる空間があり結局ドンツキではありませんでした。※これは「マタドール型」と呼ばれるドンツキに分類されるかもしれませんが…。ちょっと無理がありますね。


クエンカでドンツキを見つけることはできませんでした。

キトではもしかしたら見つかるかもしれない。いえ、見つからないだろうと思っていました。GoogleMapでチェックをしてみてもほぼ全ての道はつながっているし、ドンツキのように見えている場所は公園や丘につながっているだけ。赤道への小旅行から帰ってきてお昼ごろ。カフェで少し休憩。そこから夕方にかけて碁盤の目の町並みを、諦めながら歩いていましたら見つけました。エクアドルのドンツキを!


地図にはないようです。元々道だった所に大きな建物(公的機関の施設かも?)が強引に建てられたようです。あまりにも唐突なドンツキです。興奮のあまり角度を変えて何度も眺めていました。通り過ぎる人は、何をしているんだこのアジア人は、と言わんばかりの目。でも私は気にしません。まさか出会えると思っていなかったドンツキに出会えて幸せです。

6. いろいろな人に出会ってみた / エクアドル旅行記

ワンナイトラブを目的に。(嘘です。)

思い起こせばワンナイトラブをする機会はたくさんあったんだと思います。空港で捕まえたタクシーの運転手。ワールドカップの話をふったら予想以上に盛り上がってくれた名前も知らない彼。ホテルの近くでメーターを倒して、見つかりづらい場所にあったホテルをしばらく探してくれた彼。感謝の気持ちを体で…なんて事、私は絶対にしないけど。

ホテルのカウンターにいた彼。名前を忘れてしまった彼。声が少し高くて背が小さくて。私の下手なスペイン語でもちゃんと理解しようとしてくれた彼。チェックインタイムよりかなり早く着いたけど「いいよいいよ」と部屋を用意してくれ、さらに予約表を見せながら「君が滞在する期間、ホテルはほとんどの部屋が空いてるんだ。シャワーが浴びたいのかい?予約はこの小さな部屋だったけど、大きな部屋を使ってくれていいよ。お金かい?小さな部屋の料金のままでいいよ」と言ってくれた彼。ワールドカップで勝利したあの晩に、一緒にお酒を飲んでそのまま、なんて事もできたかもしれません。(私は絶対にしないけど)

Mercado 10 de Agosto で、オドオドしていた私に料理の説明を丁寧にしてくれたお母さん。お腹の具合から肉の好みまで丁寧にヒアリングした上で「じゃあイモとこのサラダに鶏の揚げたものと豆のスープだね」と大もりにしてくれたお母さん。あ、そうそう最後にかなり熟したバナナを揚げたのをサービスしてくれました。ドヤ顔が可愛らしかったなあ。誘ったらワンナイトラブできたのかもしれません。そんなことしないです。


Museo de Arte Moderno(※1)で作品の説明をしてくれた彼女。私がアートプロジェクトに関わっている事を伝えると嬉しそうになり、だったらこの作品好きじゃない?と私が最も気になっていた作品を嬉しそうに説明してくれた彼女。その日の朝に公園で見かけた不思議な光景の事を伝えると、少し神妙な顔をしてエクアドルの少し不思議な決まりごとについて語ってくれた彼女。そこから少し政治の話になって、最後に紹介してくれた作品をきっかけにエクアドルのこれからを憂いている話を、押し殺したトーンで、少し周りを気にしながら(?)してくれた彼女。これからも色々と話したいと思った人とはワンナイトラブなんてできません。

運が良かったのか何なのか。エクアドルで会う人会う人みんないい人だったのですが、どうしてもワンナイトラブにまで持っていくことはできませんでした。私にその気が全くなかったのが大きな理由ですが。

ということで残念ながらワンナイトラブは実現できませんでした。まあ、そりゃ当然ですわね汗


※1
Museo de Arte Moderno
http://www.ubicacuenca.com/info/museodeartemoderno

5. エクレアを探してみた / エクアドル旅行記

エクアドルでエクレアってダジャレです。エクアドルとエクレアには何の関係もありません。そもそもエクレアは「稲妻」や「電光」を意味するフランス語「Éclair」が語源。諸説ありますが私は次の「言われ」が好きです。-電光石火のごとく一口で素早く食べなければ中身のクリームが飛び出してしまうことからエクレアと呼ばれる。

エクレアなんて見つからないだろうと思いながらクエンカをぷらぷらと歩いていました。少しは期待していたんですよ。ばったり見つけて「やったー!」なんてバカみたいな声をあげるのを。でも、やっぱりさっぱり見つかりません。カフェはいくつも見つかるんです。でもエクレアが無い。仕方ないからひと息いれようと入店し詳細メニューを眺めると飲み物はコーヒー、カフェオレ、ティー、ジュース。フルーツジュースは大きく2種類、ヨーグルトとフルーツをミックスしたジュースとフレッシュジュース。価格は果物を使ったジュースが他の飲み物よりも高めに設定されています。観光客が主に飲むのはジュースってことなのかな。でもクイを食べる予定の私は、財布を覗いてはため息。あまり贅沢しないように一度のフレッシュジュース以外はコーヒーで済ませました。

旅行者向けにWi-Fi完備の店舗も多かったので、ひと息いれながら頻繁にTwitterやFacebookにアクセス。その日訪れた場所の写真や情報をアップし終え、テレビで放送されているワールドカップの区切りが良いところで店を後にします。こんな事を繰り返していたのではミッション達成は望めません。どこか別のところでエクレアを買って、コーヒーを買って、ところどころにある公園のベンチで楽しむことにしました。

クエンカではMercadoや路上屋台に大量のスイーツが並んでいましたチョコレートの塊、小ぶりなドーナッツ、砂糖をまぶした飴のようなもの、小麦粉とサトウキビをこねてペースト状にして固めた四角いケーキのようなもの等々。甘い香りに少しクラクラしてしまいます。お菓子な屋台は一つの区画に固められている事が多かったので全ての店舗を一気にチェック。しかし生クリームやカスタードを使ったものは一つも見当たりませんでした…。


ということでコーヒーを飲んだから一応目的は半分成功ということでよろしいでしょうか。エクレア、結局見つかりませんでした。

※お菓子な屋台の他にはフルーツが豊富で、特に完熟バナナのスライスを揚げたものはスイーツとも食事ともとれる美味しさでした!

4. 工事現場をたくさん見た / エクアドル旅行記

クエンカの街は道路が碁盤の目のよう。京都を思い出します。通りの名前を頼りに街を歩けば迷うことはありません。気ままに「右に3回曲がってから左へ1回、2つ直進してまた右に3回曲がったら宝物がある」なんて宝の地図を空想しながら街を歩くなんてことも楽しいかもしれません。道路は石畳。ガタガタと酷い音を出して通る車に慣れるまで、街歩きは億劫でした。


乗用車から軽トラック、大型トラックにバスと、大小様々な車が石畳を圧迫するためか、至るところで道路工事を見かけました。石をはがしてその下にある地面を均し、新しい石(か、もしくは剥がした石)を戻します。


工事を写真に収める時、最初は恐る恐るカメラを向けていました。でも、ホテルに帰って写真をチェックしたら、おじさんたち、笑顔でこちらを向いているしどことなくポーズまでとってるじゃないですか。次の日からは堂々とカメラを向けるようになりました。ただ呆れていただけかもしれないけど。


道路から建物に目を移すと、クエンカの中心はコロニアル建築が並んでいます。コロニアル建築とはスペイン統治時代の建築。白い壁にちょっとしたバルコニーが突き出しているのが特徴で、歴史を感じることができます。


いや、これはちょっと表現が違いますね。「統治時代の建築様式が歴史を感じさせます」という文字による先行情報はあったものの、それがどんなものなのか視覚的な情報はありませんでした。私はスペイン統治時代のエクアドルの風景を写真や絵画で見ていません。だから目に入る建物がはたしてコロニアル建築なのかどうか、しばらく気にもなりませんでした。瓦屋根や白い壁。無造作に木の柱で支えられた不安定な軒先。化学的ではない土の香り。


建物を補強する工事をいくつか目にすることができました。足場は少し細い丸太で組まれたシンプルなもの。地面でそれを支える重しは土で一杯のドラム缶。


大通りに面した工事現場は、水色と白の縦ストライプが印象的な布で全体を覆います。これは空と雲をイメージしているのでしょうか。確かに風で膨れ上がる布は可愛く、街の景観を邪魔し…ません。裏通りの工事現場はむき出しですが、そこには元気よく作業している男前の笑顔がありました。


場所を変えて首都キトでは、一気に工事現場が近代的になります。教会横の建物を補強する工事は金属の足場が組まれ、アスファルトで舗装された道路の補強は専用車両で一気に行い、巨大な商業施設の建築はクレーンを使ったダイナミックなもの。


タイのバンコクで感じた勢いほどではありませんが、これから発展してやるぞという活力を感じる工事現場でした。「エクアドル国家開発計画2013-2017」が昨年の7月末に発表された同国。これから大きく変化していく途中なのかもしれません。

それにしてもクエンカのあの素朴な空気はいつまで変わらずにいるのやら。ということで「工事現場(建設/道路)を見てきて」ミッション大成功でした!

3. ネズミの丸焼きを食べた / エクアドル旅行記

エクアドルは気候が良く、ジャガイモやトウモロコシやバナナを中心に数多くの野菜や果物を育てることができます。食べるものに困ることがないので「エクアドル人の人となりは穏やかだ」と聞きました。「ミッションエクアドル その1」の報告で触れた市場の様子を見るとおわかりいただけるのではないでしょうか。市場だけでなく、カフェやレストランの食事も安価で食費にはまったく困りません。

ところがクイの料理は日本円で約2,500円ほどと高価な料理だったのです。二人前からの料理だったとはいえ一人あたり1,250円でもなかなか高い。さらに注文時に「1時間お待ちください」と言われてしまう。クイは特別な料理だと聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした。

旅行の日記を書いたり、ビエンナーレでみた作品のメモを整理したり、ボーっとして1時間を過ごしていると目の前に白く大きなお皿が置かれました。


「そろそろよ」とお姉さんが嬉しそうに私に声をかけます。メモ帳を片づけ姿勢を正していると、後ろからこんがりと焼けた大きなネズミの丸焼きがやってきました。

A4の紙くらいの大きさに盛られたその姿は美味しそう。最初の感想は美味しそうでした。「皮は硬いから、フォークとかナイフを使わずにかぶりつきなさい」とお姉さんからのアドバイスを参考に、とにかくむしゃむしゃ。徐々に食べ方がわかってきました。1:皮とその下にある脂は味が濃いので、付け合わせのジャガイモや豆と一緒に食べる。2:肉は淡白だけどほんのり獣の味がするので、単独で味わう。3:味に飽きたら辛味調味料を使う。

半分以上食べたくらいから、徐々に微妙な気持ちになってきました。「肉」と「生き物」を同時に見ているような気分と言えば伝わるでしょうか…。ちょうど良いサイズ感なんですよね。ただたんなる「肉」と見るには小さい。「生き物」を実感させてしまう(エビや魚は感じない。それもなんでだろうと思うけど)ちょうどよい大きさなんです。美味しいんだけど、なかなか手が進まなくなっていきます。お腹が一杯になってきたのも理由の一つなんですが、それだけというには複雑すぎる感情の起伏。顔にも、なんとか箸をつけ食べ終わりました。

美味しかったんですよ。鶏肉のような食感でクセも少ないから食べやすい。エクアドルに行ったらぜひ食べてもらいたいです。

 ※写真は、空の皿のみでご容赦ください。クイってモルモットと同じくらいのサイズなので、ペットで飼われている人にとってはショックを与えるかもしれない。ちゃんと食べましたよ!


さて、後日インティニャンミュージアム(本当の赤道がある博物館)(※1)に行った時のことです。私は別のミッションのため赤道ならではのレクリエーションをまわるツアーに参加中していました。


赤道を示す線の上であんなことやこんなことをするツアー。また別のミッション報告で詳細お伝えしますが、とても楽しい体験でした。写真はダンスをしている様子ではなく、ペアを組んで力比べをするというレクリエーション。


1〜2時間ほどのツアーにはインディオの生活を紹介するコーナーもありました。人を埋葬する方法や、家屋ではどのような生活をしていたのかなどなど丁寧に説明があります。写真は壺の中に人を埋葬する風習を持つ民族の紹介。


家や道具の紹介と同時に食材として生きたクイも展示(飼育)されていました。私は思わず「クイをクエンカで食べたよ」とスタッフに話しかけました。サングラスの似合うイケメンスタッフは私に「どうだった?」と笑顔で聞いてきます。


複雑な感情の起伏。単純に「美味しい」とは言いづらい気持ち。私はなんて言おうかと悩みました。でも、彼は「美味しい」という回答を求めているに違いない、だって名物料理じゃないか。私は「美味しかったよ」と答えました。彼は少し顔を曇らせて(でも笑顔)「それでほんとにいいの?」と私の目を見て問いかけます。ああ、これは間違えた。私は頭をしぼり、言葉を選び、少し声のトーンを落として「心が揺れた。とても複雑な問題だと思った。」と、もう一度答えました。彼は少し満足げに「それでいいんだ。」と言い、ツアーに戻りました。

クイは本当に特別な料理だったんですね。

///////////////////////////////
 ※1 Intiñan Museum
http://www.museointinan.com.ec/

第4回ハトウィン~アジアンハトウィン~ / ご報告

鳩の街通り商店街で開催するハロウィンイベントだから「ハトウィン」というダジャレのようなネーミングもだいぶ浸透してきた気がする4年目。2017年10月28日土曜日に第4回ハトウィンが開催されました。 秋の売り出しと100TENプロジェクト対象店舗お披露目を兼ねたハトウィン...